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今月も早くも27日! [自分のこと]

久しぶりの更新です。個人的に忙しくっていうのは言い訳で完全にサボってました。
今年こそはと毎年思いながら何年経ったことでしょう!今年こそはと新たな決心しても1カ月も持たない自分の弱い意志を反省しています。

 昨年は6月過ぎから、体を鍛えなおして10キロ以上のダイエットに成功しました。想像以上の体重の落ち方に自分でも驚いています。

 今年こそが仕事で懐を太らせたいと思っていますが・・・。

それにしても今季の冬は寒いですね~。去年の12月からほんとに寒くてたまりません。九州だからあったかいと思っている人は多いと思いますが、私の住んでいる大分県日田市はこの時期氷点下5℃以上は結構あります。
毎日車のフロントガラスが凍結して、溶けるまで前が見えず動けないほどです。
 まぁもっと寒いところはたくさんあるんでしょうが南国仕様の私の体には結構な寒さなんです。ちなみに今日は雪交じりの天気で、お店で暇しています。
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 早く夏が来ないかな^
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Club Med のお話 第3話  [自分のこと]

久しぶりにClub Medの事を書きます。 なぜかと言うと7月1日から東京出張していたのですが、その際にMed時代のGM(お客さん)に18年ぶりにお会いしたからです。しかもお二人と!当然会って話す内容はMed時代の事と、Med以降の事になります。僕の覚えていないような事もお客さんは覚えていていました。

 時はバブル時代、世界の観光地を日本人が席巻していた時代、Club Medは世界118か所でリゾート運営をしていました(私が在籍時)。 当然Club Medにも日本人観光客が押し寄せていました。



 Club Medではお客様とスタッフという考え方はありません。お客様はそこに訪れたゲスト(GMという)であり、スタッフはゲストに滞在を楽しんで頂くためのホスト(GOという)という位置付けです。よって食事もGMとGOが同じテーブルで摂りますし、スポーツイベントなど一緒に楽しみます。まさに四六時中一緒に居るのです。

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 GOはいろんな国から派遣されており、私が在籍していた当時、リゾートの規模によって差はありますが30カ国くらいからは来ていました。そこでは文化と文化のぶつかり合いもありますし、プライドのぶつかり合いもありますが良い体験になります。

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 各リゾートをまとめるのが村長と言われる支配人で、朝から晩までGOの動き、GMの動きを見ています。サボってるとあとからしっかり怒られます。よく見てるので感心します。私が在籍時、日本人初の村長が誕生しました。「ノボルさん」という方でしたが今はどうしてるのでしょう?

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 GOは1任地に1年勤務する事になります。半年で異動する場合もあります。世界を渡り歩きながら勤務できるわけです。その当時はClub med 1 と Club med 2 というクルーズ客船もありましたから世界1周したスタッフも存在していました。

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 最近は毎週1日は休みがあるらしいのですが、私の時は半年間1日も休みがありませんでした。腰を痛めて休んだことはありましたが基本的に休みは無しです。毎日遊んでるみたいなもんだからいいじゃん!と言われることもありますが、毎日朝から深夜までとりあえず働いているわけですからさすがに疲れます。また自由な時間が無いのでリゾートの外がどうなっているかわかりません。勤務部署によっては半日休みなんかもあったようですが私はスポーツチームに所属していて日本人が1人でしたから毎日大忙しでした。

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 思えばClub medをやめて16年くらいたちました。昔とは様子も変わっているでしょうが、井の中の蛙の日本人が若いころに経験していれば人生観が変わるのは保証します。いずれはMed時代に勤務した地に行って、リゾートの周りを観光してみたいと思います。ほとんど周りを見たことが無いので・・・・。



※たくさんClub Med時代の写真を紹介したいのですが、デジカメが無い時代でしたので1枚1枚スキャナーで読み取ってアップしています。コツコツとアップしていきたいと思いますので・・・・・。GOだった人、GMだった人いっぱいコメントくれるとうれしいです。

海の話 第4話(海の生物) [自分のこと]

 毎日、船に乗って航海しているといろいろな生き物を見かけます。ほんの一瞬ということもあるのでなかなか写真を撮ることはできませんが、今回は数あるラッキーショットから何枚か写真を紹介します。
 
 ①与論島から西に10キロ程の沖合で遭遇したバンドウイルカの50匹ほどの群れ
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これを見たときは、お客さんが4人ほど乗船されており感動されていました。僕は平静を装っていましたが、内心は大興奮!ジャンプや船と並走などサービス満点のイルカたちでした。この写真は同乗していたお客さんが送ってくれた1枚です。

 ②冬季に与論島で出産、子育てをしていたザトウクジラ
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 このザトウクジラは92年の12月ごろから93年5月まで与論島沖に居つき子育てをしていました。海が荒れていない島の風下側をいつも周遊しており、何度か近くまで見に行きました。クジラのほうも興味があるらしく見学用の船の下をくぐったり、近くでブローしたりと遊んでいました。一回だけ近くに浮上した時シュノーケルで潜り、水中のクジラを見たこともあります。正直でかくて怖かった!その後出産し、2匹並んでなかよく潮を噴き上げていました。写真はダイビングマネージャーの小熊さんと見に行った時私が撮った写真です。このクジラ以外にも冬場は時々みかけます。

 ③1993年夏、ダイビングの帰りに見つけたコブシメ
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 ダイビングポイントから帰港途中に元気がなくなって漂っていたコブシメをゲット。その晩同乗していたダイビングのお客さんと一緒に宴会で完食!

 写真はありませんが、それ以外の遭遇したもの

①マンボウ(最初サメかと思ったが近くまで来て澄んだ海水のおかげでマンボウと確認。私の唯一の野生のマンボウ目撃体験)

②ハンマーヘッドシャーク(和歌山友が島水道でのんびり泳いでいるのを漂泊中に目撃、船底掃除のため潜ろうとしていた時だったので、迷わず作業中止!)

③トビウオ(成魚が飛び出すと温かい時期になり5月中旬ごろ)子供が飛び出すと梅雨が明ける。いっぱい飛んでるので珍しくはありません。)

④ウミガメ(夏のシーズンに呼吸をしに水面にあがってくるのを良く見かける。船に驚いて一生懸命潜っている姿が、澄んだ海水のおかげでよく見えます。)

⑤カジキマグロ(沖縄辺戸岬沖で背びれをいくつか目撃、ドローリングをしていたがヒットなし)

⑥番外編(潜水艦の潜望鏡!突然数百メートル先に目撃、数秒で海に隠れた!中国の潜水艦か!?

遅くなりましたが新年明けましておめでとうございます。 [自分のこと]

 新年12日もたって、今更という感じですが新年明けましておめでとうございます。新年早々、例のインフルエンザにかかってしまい寝込んでおりました。

 今年は、昨年以上に厳しい経済状況になりそうで、私も昨年以上に頑張らないといけないと思っています。
今年の目標は、現在試作中の数商品が発売になります。農家さんと一緒に開発した大事な商品なので、大切に拡販していきたいと思います。

 もうすでにライフワークとなっている道の駅ビジネスに関しては、またいつか自分で運営したいと思いがまた強くなってきています。道の駅型の業態でさらにお客様本位のリアル店舗開設を3カ年計画でやりたいと思います。そのためにも今年1年は布石の1年にしなければなりません。
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 また全国のうまいものを探しに、あっちこっち出かけたいと思います。そこで会える素晴らしい人たちも楽しみです。

 今年も道の駅訪問記や商品試作、昔のことなどいろいろ書いていきたいと思います。今年は月2回のペースを月4回ペースを目標にアップしていきたいと思いますので皆さま宜しくお願いいたします。

 

 

東京出張 [自分のこと]

久しぶりのブログです。12月3日から東京へ仕事に行ってきました。道の駅のセミナー参加、地域特産品の営業や販売、市場調査など関東一円を5日間かけて回ってきました。レンタカーを借りて回りましたが私のような田舎者が都内を運転すると非常に疲れます。今回は仕事の話ではなく、出張最終日に約10年ぶりに再会したM.T君のお話を書きます。

 彼とは1998年と1999年のサマーシーズンに鹿児島県与論島のプリシアリゾートで一緒でした。私が採用したのですが「歌って踊れるエンターテイナー」というのが採用条件でした。

それを証明する写真です。
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左端がM.T君、右から2番目が私です。

 久しぶりに会ったM.T君は変わってなくて安心しました。今では和食の料理人として都内で頑張っているそうです。お互いいろいろあった10年間でしたが、懐かしくて酔っぱらうまで飲みました。お陰で、翌日の飛行機に危うく乗り遅れるところでした。


18年ぶりの再会 [自分のこと]

先日、仕事で大阪に行った際、最終日に時間があったのでリゾートマン時代の女性のお客さん2人に18年ぶりに再会してきました。その当時はお互いに20代前半の若い頃でした。現在の年齢は省略しますが、2人とも主婦になって子育て奮闘中の真っただ中とのことでした。18年前からは年賀状だけのお付き合いになってしまってましたが、勇気を持って連絡して、こうやって再会すると懐かしいし、昔に戻ったようでとっても楽しかったです。

 自宅に帰って昔のアルバムから18年前の写真を見つけました。1991年という日付が年月を感じさせます。
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3月に関西圏で九州物産の催事を行う予定なので、販売のバイトをお願いすることになりました。3月にまた再会するのが楽しみです。

Club Med のお話 第2話 [自分のこと]

続き
私は最初の任地がニューカレドニアのヌーメアにあったクラブメッドシャトーロワイヤル(現在は残念ながら閉館したようです。)でした。

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ニューカレドニア、ヌーメアのアンズバタビーチに立つClub Med Chateau Royal

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赴任したのは11月で南半球のニューカレドニアは初夏にあたります。町のいたるところに火炎樹が咲き乱れる一番お勧めの時期です。


はじめての海外が旅行ではなく仕事であったこと。しかも英語の通じないフランス語圏であったため、最初の1ヶ月は大変でした。仕事の指示や、スケジュール表に書いている単語がわからないなど、コミュニケーションをとるのに苦労しました。ですからみんなが寝ている深夜にわからない単語を辞書で調べて理解する努力をしました。しかし慣れとは恐ろしいもので、2~3か月も経つと普通に仕事ができるようになりました。ようは慣れですね!


 その後は自分の居場所も見つかり、友人もたくさん出来ました。1番の友達はオーストラリア出身のマイケルです。彼は僕と同じ年であったこと、同じマリンスポーツ担当であったこと、彼が日本語を勉強しており、ぼくは彼から英語を教えてもらったことなどの理由もあり、彼が異動するまでいつも一緒でした。

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1番の友達だったマイケルです。


 苦労は若いうちにという言葉がありますがホントその通りです。今となっては吸収力のある20代にいろいろな経験をしたことが現在にも生きています。

Club Med のお話 第1話 [自分のこと]

私は20歳代の頃、リゾートマンの最高峰を目指そうとクラブメッド(日本名:地中海クラブ)というフランスのリゾート企業に在籍していました。世界各地に120か所(当時)のリゾートを持つ世界でも有数のリゾート企業でした。徹底した顧客主義、現場主義を実践している企業でそこでの経験は現在でも生かされています。朝は8時から夜は12時過ぎまで勤務があり契約期間中の半年間は休みが1日もありません。しかも食事もお客様と一緒に摂り、それこそ四六時中お客さまと一緒に過ごします。

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毎朝、ヨットのスタンバイを行います。

スタッフ(GOジーオー ジェントルオーガナイザーの略)はホストとしてお客様(GMジーエム ジェントルメンバーの略)と共通の時間を過ごすことにより高いリピーター率を実現しました。GOはGMを退屈させないためいろいろなイベントを用意しています。

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ウォータースポーツGOのメンバーと。

昼間はウォーキング(散歩)からヨットのレース、ビーチゲーム、プールサイドでのイベント、夜はGOによるナイトショーなどリゾート内で朝から深夜まで楽しく過ごせる仕組みが確立されています。私も週6日はショーのステージに立っていました。

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ちなみに女装して踊っているのが私です。

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愛しのレイチェルは今どこで何をしているでしょう・・・・・

次号に続く

海の話 第3話(時化の話) [自分のこと]

船での仕事は天候海況に左右されます。波1つない凪の日は楽ですが、荒れた日の航海は緊張の連続で大変です。毎日、テレビや気象図で天候海況を予測して出航しますが、予測が付かないのも自然です。べた凪の海が10分で大時化になることも珍しくありません。こういった場合は前線の通過が原因です。

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良い前線の画像がなかったのでネットから借用しました。ごめんなさい

穏やかな天候から「曇ってきたかな?」と思った瞬間、突然ひんやりした風が吹いてきて雨が降り出します。そこからは風はどんどん強くなり海は白波が立ち、真っ白になります。何度経験しても沖で体験する前線通過は怖かった!昔「白い嵐」という映画がありましたが 嵐が来るときのシーンを見ると思い出します。(あそこまですごかったら生きていませんが・・・・)


 港が近くにあるならすぐ避難しますが、遠出している時は頑張って帰るしかありません。正直怖いのですが同乗者が居る場合はやせ我慢して「大丈夫!大丈夫!」と言いながら顔は引きつっています。
 ほんとにやばいぞ!と思ったときは、沖縄本島北部の港から約40マイルの与論島茶花港までお客さんを乗せて帰っている途中、予想より早く海が荒れだしました。大時化になる前には港に滑り込めるペースで走っていましたが、突然2つあるエンジンの1つが冷却水ポンプの故障で警報が鳴り出しました。焼付を防止する為すぐエンジンを止め、片方のエンジンだけで大時化になった海を何とか港近くまでたどり着きました。しかし最後の難関で海の地形の関係で波が高くなる場所を突破するのにどうしても2機のエンジンパワーが必要で、焼付き覚悟でエンジンをかけ何とか乗り切った経験があります。焼付いて停止しないように祈りながら操船したことは今だに忘れられません。その時はエンジンを焼き付けて数百万円の修理代がかかっても何とか乗客を無事に港まで送り届けなきゃという気持ちだけでした。

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毎日こんな海ならいいのですが・・・。しかし荒れた日があるから、こんな穏やかな海に感動するのでしょうね!自然に対して謙虚であれと師匠からは教えられました。


海の話 第2話 [自分のこと]

第1話でお話した、私が船長をしていた船での仕事を紹介します。ある7月の1日です。

8時、島の南側、北側の海況を確認後、船に出勤。出航準備(エンジン点検、試運転、掃除)
9時10分頃、お客様到着 島周遊クルーズ出港(海況がよければ与論島1周)

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10時頃帰港。お客様見送り
10時、スキューバダイビングのお客様乗船、潜水器材積込み

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10時20分頃出港。10分から20分程度の距離にあるダイビングポイントへ移動。
10時40分頃ポイント到着
10時55分頃1本目ダイビング開始。
11時35分頃ダイバー浮上、乗船
11時45分頃揚錨、ポイント出発
12時頃 ホテルマリーナ帰港、真水補給、船体清水洗浄
13時頃から休憩
14時、スキューバダイビングのお客様乗船
14時10分頃、ホテルマリーナ出発
14時30分頃ポイント到着
14時45分頃2 本目ダイビング開始。
15時25分頃ダイバー浮上、乗船
15時35分頃揚錨、ポイント出発
15時55分頃帰港、機材積降し、船体清水洗浄、各部拭き上げ。
16時30分頃、タンクローリーを手配し燃料(軽油)給油約700ℓ
17時頃、社に戻り夕食
18時頃、サンセットクルーズ準備(ドリンク等)
18時40分頃、サンセットクルーズお客様到着 出港(夕日が沈む西側海域をゆっくりクルーズ)

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19時25分頃日没
19時30分頃帰港、お客様見送り
19時35分から係留作業、エンジン各部点検、清掃、運行日誌記帳など
20時頃、下船 勤務終了

こんな具合で1日の殆んどを船(海)の上で過ごします。慣れているとはいえ船から降りると相当に疲れていたのを覚えています。たまにサンセットクルーズ帰港後、ナイトダイビングに行く時があります。その日は船を下りるのが22時くらいになります。夜は当然何も見えませんので、レーダーや水深計、灯台などを見ながら航行しますが、昼間と比べると10倍以上神経を使います。与論島も含めサンゴ礁のある島の周りは浅瀬が多く、特に夜間の入港は、何回経験しても冷や冷やします。

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 こんな感じでトップシーズンの1日が終わります。とっても疲れはしますが毎日きれいな海を気持ちよく走れて今思えばとっても幸せな仕事です。時化の時なんかは嫌な仕事と思いますが、たまにある「べた凪ピーカン」の日には幸せを感じました。
 次回は時化の時のエピソードをお話したいと思います。

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